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長崎地方裁判所 昭和31年(ワ)418号 判決

原告 国

訴訟代理人 今井文雄

被告 第二金融株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告指定代理人は、被告が諫早簡易裁判所昭和三十一年(ハ)第五三号貸金請求事件の認諾調書の執行力ある正本に基ずき別紙目録記載の農地に対してした強制執行を許さない、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求原因として、本件農地はもと訴外矢野国三の所有物件であつたが、原告は、自作農創設特別措置法(以下自創法と略称する)第三条第一項第二号に当る農地として、昭和二十三年七月二日付でこれを買収した結果、有効にその所有権を取得し、引続き買収当時の耕作者に貸し付け耕作させて現在に至つたものである。ところが、境界線不明及び旧所有者側の非協力のために本件農地の分筆登記が遅延し、買収による原告の所有権取得の登記ができないでいる間に、訴外矢野国三から同矢野勝のために昭和二十六年八月三十一日付で相続による右農地の所有権移転登記が行われ、次いで、訴外矢野勝を債務者として被告から提訴された諫早簡易裁判所昭和三十一年(ハ)第五三号貸金請求事件において、同訴外人が請求を認諾し、認諾調書が作成された結果、被告は、これを債務名義として当裁判所に対し本件農地の強制競売の申立をし、昭和三十一年五月十八日当裁判所は、これに基ずいて強制競売開始決定をし、同日付で強制競売申立の登記が行われた。けれども、本件農地は、前述のとおり原告が自創法所定の買収処分により、その所有権を取得すると同時に訴外矢野国三は、所有権を喪失したものというべきであるから訴外矢野勝は、国三の相続人として右農地の所有権を取得するいわれなく、従つて、これを取得した旨の登記簿上の記載は無効であり又訴外矢野勝の被告に対して負担する債務の弁済に充てるために、右農地が強制競売の対象にされる理由は何等存在しないのであり、しかも自創法に基ずく農地買収処分は、国が権力的手段を以て農地の強制買上を行うものであつて、対等の関係にある私人相互の経済取引を本旨とする民法上の売買とはその本質を異にするから、私経済上の取引の安全を保障するために設けられた民法第百七十七条の規定は、自創法による農地買収処分にその適用を見ないものと解すべきであるから、原告が、買収処分により有効に本件農地の所有権を取得した以上、この取得の効果を被告に対して主張するのにつき、何等登記簿上の記載を必要としないこと勿論である。そこで、被告に対し、本件強制執行の排除を求めるため、本訴に及んだ旨陳述した。

被告代表者は、適式の呼出を受けたにもかゝわらず、本件口頭弁論期日に出頭せず、且つ答弁書その他の準備書面も提出しない。

理由

被告は、口頭弁論で原告の主張事実を明かに争わないので、全部これを自白したものとみなすべきである。けれども、国が自創法に基く買収処分によつて農地所有権を取得する行為は、これにより永久にその所有権を国に保持しようとするのでなくして、取得後やがてはこれを個人に売り渡す処分をして流通界に投入するに至ることが同法自体により予定されているばかりでなく、たとえ右売渡処分の行われる以前においても、第三者が買収の事実を知らないで当該農地を取引の対象とするおそれのあることも当然首肯され得るところであるから、農地の国による買収行為は、成程所論のように国の権力による行政処分であるとは言いながら、自創法が斯様な買収行為についても所定の登記を要求している趣旨をも汲んで考えるときは、法は、農地買収の場合一般取引界におけると同様に取引の安全の保護という法理念によつて国の行政処分の効力に制約を設けようとしているものと解するのを相当とし従つて、前記法に基く国の買収処分による所有権の取得も、その登記のない限り、利害関係ある第三者に対抗し得ないというべきである。してみると差押債権者たる被告が斯様な第三者に当ることは多く言うを待たないところであるから、本件強制執行は相当であつて、これが排除を求める原告の本訴請求は、所詮失当として排斥を免がれない。そこで、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決した次第である。

(裁判官 林善助 田中正一 梨岡輝彦)

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